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戦後75年目に出版された戦没学生の日記 [政治および社会]

朝日新聞朝刊の「ひと」欄に、戦死した学生の日記に関わる記事が載っていた(9月9日)。タイトルは「戦没京大生の日記の完全版を編集・出版した 山本捷馬さん」となっている。日記の主は京都帝国大学の学生だった林尹夫であり、昭和18年に学徒出陣して海軍航空隊員となり、終戦直前に戦死している。少しでも多くのひとに読んでもらいたいと思い、その記事をここに転記させてもらうことにした。


朝日新聞朝刊の「ひと」欄より、「戦没京大生の日記の完全版を編集・出版した 山本捷馬さん」を転記


 <オプティミイズムをやめよ。眼を開け。日本の人々よ、日本は必ず負ける>
 学徒出陣で海軍航空隊員となった京都帝大生の林尹夫は敗戦直前、23歳で撃墜死した。日記の一部が遺稿集「わがいのち月明に燃ゆ」として1967年に発刊され、反響を呼んだ。それが今夏、「林尹夫日記 完全版」として出版され、編集を担当した。
 約3年前、斉藤利彦・学習院大学教授(教育史)に戦前の地方紙について聞きに行き、日記の存在を教わった。遺稿集を読み、日記の原本にあたり、戦時下、日本と自分自身を凝視し続けた青年の姿に心動かされた。「その生き方に率直に尊敬と共感を抱いた」
 日記はノート4冊。半世紀前の遺稿集では性への率直な思いなどがカットされたが、時代の息づかいを正確に伝えようと全文を載せた。英独仏語まじりの文章とも格闘。原文を忠実に再現した。
 京都市生まれ。京都大在学中、馬術部に所属した。2年間の会社員生活の後、馬産地アイルランドの牧場で働いていたとき、学生時代にアルバイトしていた焼き鳥店の常連だった出版社「三人社」の社長から声がかかった。
 これまで、シベリア抑留者の手記など、戦争前後の証言を世に問う仕事に携わってきた。「遠くなった『戦中』『戦後』を自分たち若い世代に伝えたい」という。


小説「造花の香り」(本ブログの左サイドバーに概要を記す。小説投稿サイトの「カクヨム」や「小説家になろう」にて無料で読むことができる)を書くに際して、多くの資料に眼を通したのだが、林尹夫の遺稿集「わがいのち月明に燃ゆ」もそのひとつだった。


「わがいのち月明に燃ゆ」や、東大生だった佐々木八郎の遺稿集「青春の遺書」を読んだとき、学生が書き遺したものとは思えないほどの内容に、私は強い感銘を受けたものである。彼等が生き存えていたならば、偉大な業績を積み上げたにちがいない、と思わせられた。そして思った、この国を戦争に導き、膨大な痛苦と損害をもたらした者たちの愚かさを。


戦没学生の遺稿集などは、小説を書いた当時も絶版になっていたけれども、幾つかの図書館の蔵書になっていた。調べてみると、今でも規模の大きな図書館の蔵書になっている。


かつて読んだ「わがいのち月明に燃ゆ」は、厚さが3cmに満たない書物だったと記憶しているのだが、新しく出版された「戦没学徒 林尹夫日記[完全版]―わがいのち月明に燃ゆ― 〔林 尹夫 (著),    斉藤 利彦 (編集) (吉田山叢書)〕はかなり厚い書物のようで、売価は2420円である。<「遠くなった『戦中』『戦後』を自分たち若い世代に伝えたい」>という編集者の思いが、若い世代に伝わるよう願っている。

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