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漱石先生こんばんは  [猫のこと]

漱石先生こんばんは。9月2日の投稿記事で、私ミーコの半生を語らせてもらいましたが、今日は私の近況をお伝えします。

  「吾輩は猫である」の主役は猫なれど、ロバート・A・ハ インライン(注1)が書いた「夏への扉」(注2)なる物語は、猫のピートを準主役となすSFの小説。そのピートの行いを見習うごとく、次からつぎへと窓を巡りて、ガラスごしの景色をひたすら眺め、外での遊びを夢みることが、この春までの私の日課。窓ごとに、見える景色は変われども、昨日と今日に変わりなく、日ごとに募るは外界の、空気の匂いと土ざわりを、じかに触れてみたきこと。
 春のうららの昼下がり、庭の景色に惹かれるままに、アルミサッシに爪をかけ、諦めることなく引っ張れば、二重ガラスの重い戸が、徐々に徐々にと動くなり。
  あまりに久しきことなれば、恐るおそる庭にでて、しばらくそこにたたずめば、家族の者の声がして、迷子になったら困るとて、家の中へと戻されぬ。
  外界を恋う想いやみがたく、それから幾度も無断外出をして、我が想いを家族に認めさせ、監視されながらも庭へ出て、足裏の土の感触たのしむも、足をのばすに勇気なく、10メートル歩むも難かりき。
  それから幾度も庭に出て、庭の内のみうろつけば、いつしか家族も油断して、監視する眼を忘れたり。
  数年という歳月は、猫にとっての大昔、とはいえ記憶は確かにて、子猫時代の感触を、思い出しつつうろうろと、庭を歩いて三日目に、勇気を出して庭を出て、隣の菜園に踏み入れば、昔の記憶がよみがえり、野菜の匂いをかぎながら、しばし畑に留まれど、いつしか畑を踏み越えて、竹藪の中へと入る大冒険。今では外出するごとに、1時間余りも時間をかけて、心ゆくまで外界を、楽しむことができまする。
 外出を望めど出してもらえぬときは、家族の側に近寄りて、家族の身体に前足をかけ、声をかけながら押すことで、窓を開けさせる実力行使。これぞ私の得意わざ、しばしば実行しておりまする。
  子猫で無残に捨てられながら、危ういところで助けられ、今では家の内外で、よき猫生を楽しめり。私の家族の者たちは、猫を飼う気の無かりしに、今では私の存在を、貴重なものと思いおり。たまさか訪れ来たる吾が同胞たちと、ガラスごしにて対面すれば、吾も猫なることが思い出される。ガラスごしに見る猫たちの、良き毛色と色つやが、吾と同様に愛されて、幸せなること教えしも、流れる噂の数々に、悲しき猫の物語、吾が同胞には吾と同様に、幸多かれと願うのみ。


注1 ロバート・A・ハインライン(1907年7月7日 - 1988年5月8日)
  アメリカのSF作家であり、SF界の長老と呼ばれた。

注2 夏への扉
  ロバート・A・ハインラインによる小説で、猫が重要な役割をはたしているSF小説である。「きっこのブログ」で有名な、きっこさんの愛読書としても知られる。



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