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父の歌集 [父の歌集]

私の父には手書きの歌集がある。きちんと清書されたその文字は読みやすく、年代ごとに整理されており、10代から中年期までの歌が記されている。

父は中国で終戦を迎えたのだが、敗戦を知ったときの感想や、戦争が終わって3ヶ月後に、一年前に投函された母からの手紙が、帰国を待つ中国の父に届いたことなども記されている。敗戦直後の在中国日本軍は混乱の極みにあったはずだが、その手紙がよくぞ届いたものである。この歌集は私にとって、歌集をこえて興味深いものである。
 久しく手書きのままにしてあったが、私はいま、これをきちんとした歌集にしたいという気持ちになっている。私自身が思いがけなくも小説を書き、さらにはブログに文章を綴るに至ったことが、このような感情をもたらしたのかも知れない。
  次の歌は父が16歳から18歳にかけて詠んだものである。 

    柑子の實青きを破りかぎて見ぬ雨ふりやみし朝の庭面に
    いたづらに金文字光るリーダーを我枕辺にたてて眺むる
    砂山に浜ひるがほの花咲けり足裏あつき浜の白砂
    病みてあれば人にあふさえものうかり黄昏出でて小道歩むも
    山こえて夕べの鐘のきこえけり何処の寺や鳴らしけるらむ
    砂山に長くつづける下駄の跡消されで残ることのしたしさ
              
戦前の父は小学校の教師をしていたのだが、戦後になってからは中学校の教師として、国語や社会科などを担当していた。上記の歌にはリーダーが歌いこまれているけれども、父とのあいだで英語に関わる話題が出たことはなかった。
  和歌については一度だけ話題になったことがある。私がまだ独身だった頃、手紙の最後に歌を加えたところ、それが帰省した際の話題になったからである。10代で上記のような歌を作っていた父には、私の歌が拙いものに思えたにちがいない。辛めの評価をもらったのだが、それも今では懐かしい思い出である。
手紙に加えた私の歌はこういうものである。

    武蔵野の大地を分けてゆく河のほとりに咲ける白菊の花

  「武蔵野の大地を分けてゆく河の」までは覚えているが、そのあとはうろ覚えである。白菊ではなく野菊だったような気がするのだが、それだとうまく収まらないので、ここでは白菊ということにする。河とあるのは多摩川である。その当時は東京の調布市に住んでいたので、多摩川までは歩いてすぐだった。
  私が書いた小説「造花の香り」(注)には、主人公たちの日記や手記がしばしば出てくるのだが、その手紙や手記には歌が記される場面がある。特攻隊員を主人公とする小説ゆえの、ありふれた設定とも言えようが、両親への手紙に歌を加えた経験がその発想をもたらした、と自分では思っている。

 父の歌集をどのような形で実現したらよいのか、具体的には決めていない。700首を超える歌が記載されているので、その全てを載録すべきかどうかといったことを含めて、弟妹たちとも相談したうえで決めようと思っている。


注 造花の香り

  特攻隊員を主人公とする恋愛小説であり、電子書籍として、電子書店であるforkn とDLmarket に出品されている。検索すれば簡単に見つけることができる。(試し読みも可能)
  小説の前半は、東京の大学で学ぶ主人公が恋と友情に恵まれ、戦時ながらも充実した学生生活を送る様子を描く。後半では、徴兵された主人公の海軍航空隊での生活と、訓練の合間になされる婚約者との交流、および、特攻隊要員に選ばれてから出撃に至るまでが描かれ、さらに、戦後における後日談が添えられている
 表紙には、標題の横に次の言葉が記されている。

 戦争の時代を生きた青年たちの声が聞こえる
    幸せな人生を生きたければ政治を見はれ
    我らがごとき悲劇をくり返すな

  安全保障関連法案を阻止すべく、今年になってようやく学生たちも動きだしたが、これを契機に若い世代の政治意識が向上するよう願っている。安全保障関連法案を戦争法案と呼ぶ人々には、政治の成り行き如何によって日本が戦争に巻き込まれる可能性がある、との想いがあるのだろう。上記の言葉、
「戦争の時代を生きた青年たちの声が聞こえる。幸せな人生を生きたければ政治を見はれ。我らがごとき悲劇をくり返すな」は、その人々の想いに通ずるものである。

追記 (2016年4月10日)
小説「造花の香り」は、もうひとつの小説「防風林の松」とともに、現在はアマゾンの電子書籍であるキンドル本になっている。(
orkn とDLmarket は出品停止)

 

追記(2022.5.3)

「防風林の松」と「造花の香り」は、「カクヨム」「小説家になろう」など、幾つかの小説投稿サイトで読めるようになっている。 本ブログの左サイドバーにて概要を紹介。




 


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