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理系人間と文系人間 [教育]

人はしばしば、「私は理系だ」とか「あのひとは文系だ」という言葉を口にする。その場合の「私」も「あのひと」も、多くの場合は高校生以上の人であり、小学生が口にすることはないだろう。

私は小学生時代に理科クラブに入っていた。戦後も間もない頃であり、クラブとしての活動はあまりなかったのだが、担当教師による最初の集まりが持たれたとき、集まった生徒は教室の半分以上の席を占めていた。子供が多かった時代ということもあり、教室には50人分の机が並んでいたから、30人に近い生徒が集まっていたことになる。

子供は好奇心が旺盛ゆえに、その多くは理系のことがらに興味を持つと思われる。それにもかかわらず、中学生や高校生のかなりが理系科目を敬遠するようになるのは、受験のための勉強をしている過程で、理科や数学に対する興味が減退したせいか、あるいは勉強について行けなくなったからではないか。敬遠された教科の成績は当然ながら下がってゆく。

理科にしろ数学にしろ、系統だった知識を積み重ねながら理解してゆくものだから、必要な知識のどこかに欠けているところがあれば、その先には進めなくなる可能性がある。そのような場合に、数学や理科に興味あるいは意欲があるか、あるいはその知識の必要性を理解しているならば、欠けている知識を補いながら先に進もうと努めるだろう。そうではない場合、つまり、自分にとっての必要性が感じられず、興味や意欲もない場合には、その生徒は理系科目から脱落する可能性がある。その結果、勉強について行けなくなれば、「自分は頭が悪い」と思い込むようになるかも知れない。理系科目の成績がどんなに悪くても、「頭が悪い」ことにはならないはずだが、「私は文系だ」と称すひとのなかには、そのような意識を持つ人がいるようである。

中学一年生までは成績が悪かった私だが、いまのような偏差値教育が行われる以前だったので、その毒に冒されることなく成績劣等生から抜け出して、電気の分野で技術者として生きることになった(注1)。私が最初に書いた小説「防風林の松」(注2)の主人公は、電機会社の技術者として働いているけれども、中学生時代には成績劣等生だったとされている。この小説の主人公と私が重なるところはその部分だけだが、この小説には教育に関わる記述が幾度も現れる。昨年の8月23日に投稿した記事「成績劣等生から技術者への道のり」(注1)に、その一部を引用しているのだが、ここに再度引用してみたい。主人公が友人と交わす会話の一節である。

 小説「防風林の松 第一章」より引用
「今の日本では、小学校でつまずいた子供は催眠にかかってしまって、自分には能力がないと思い込むようになると思うな。そうなると、たとえ努力をしたところで、催眠にかかっているために勉強は身につかないわけだ。お前の場合には運が良かったんだよ。オーディオ装置に興味を持ったおかげで、うまい具合に催眠から醒めることができたんだからな。・・・・・・」
「詳しいんだな、教育のことに」と僕は言った。
「本を一冊読んだだけだよ。偏差値教育と詰込み教育の問題をとりあげた本を」
 ・・・・・・坂田はさらに続けた。「こんなことも書いてあったな。小学校の低学年では理科好きな子供が多いのに、高学年になると理科嫌いが多くなるというんだ。好奇心を満たすことより、知識を詰め込むことが重視されたり、友達と成績を競わされたりするんだからな、そんな理科がおもしろいはずがないよ」(引用おわり)

小説「防風林の松」は恋愛小説であり、教育を主題とするものではないが、主人公の若い技術者が元は落ちこぼれだったと設定されているので、学業成績や偏差値教育に関わる記述が幾度も現れる。小説の序章を締めくくるのは、次のような文章である。

小説「防風林の松 序章」より引用
…………あれから十六年の歳月が流れて、僕は今ここにいる。日本を遠く離れたロンドンで、ようやくにして絵里に祝福の言葉を贈ることができた。自分の未熟さを意識し続けることから、どうにかこれで決別できそうな気がする。…………それにしても、人生とはほんとうに不思議なものだ。僕は中学校の一年生まで成績劣等生だった。その僕が、今は技術者としてこんな生き方をしている。あのオーディオ装置が僕の部屋になかったならば、そして、あの時期に僕が音楽につよく惹かれなかったならば、僕はどのような人生を歩むことになっただろうか。(引用おわり)

 これは、ドイツでの国際学会に参加した主人公が、ロンドンに立ち寄って昔の恋人に会い、幸せなその暮らしを祝福して後、帰国途上の機中で懐古と感慨にひたる場面である。

 この小説の99%は創作であり、私自身の体験はせいぜい1%しか入っていないが、「技術者としての人生の多くを盛り込んだ」ような気がしている。中学生以上の若い世代に読んでもらえたらと願っているが、成績不振に悩む子供をもつ親の世代にも、参考にしていただけるのではないかと思っている。


注1 昨年の8月23日に投稿した記事「成績劣等生から技術者への道のり」に、私自身の体験を記してある。

注2 小説「防風林の松」
特攻隊員を主人公とする小説「造花の香り」とともに、アマゾンの電子書籍であるキンドル本になっている。


付記
7月28日に、この記事に関連する「理系人間は頭が良いと思うのは勘違い」を投稿しています。
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