父の歌集より 6 [父の歌集]
きょう紹介する歌は、父が20歳から23歳にかけて読んだ歌です。
昭和3年(1928年)
春雨の大川(松江の大橋川)をゆくわか船の浅瀬の上にのり上しかも
雨に煙る大根島のさみどりのほのかに見えて船すぎむとす
大川に水みなぎりてくれゆきし馬潟(まかた)のともしまなかひ過ぎぬ
ふるさとは今かましろき砂丘に雲雀鳴くらむ麦穂のぶらむ
春の雨ほそぼそふれり新開の町の小池の杜若の花に
昭和5年 昭和5年以降になると、教師になってからの歌が記されています。
八月 橋波(父の最初の任地)にて
わが来しをひたよろこびつ寄りそひて顔まもりつく○(諱?)のその子や
春四月去りし我なり久にしてあふことのうれしき子等なりしかな
共々に大川の流に泳がんと子等は誘へり久にあひし我を
衣ぬぐと木かげに至り見らるくをはづかしかりしその少女はや
胸乳やふくらみそめし少女子の川にゆあみつ念なき如し
山峡の里の家居の静かにも暮れゆかむとす雨にけぶりて
昭和6年
草ひくと小庭にあれば蜻蛉の翅重たげに飛びてとまれり
ぢっとして座してもだせば裏の藪にまひるしづけく行々子なく
行々子(ギョウギョウシ)・・・・・・オオヨシキリの別名
半日をすぐせし家のしづけさや裏の梢にしきりなく行々子
父
以前に投稿した記事「夢の中で出会ったのは祖父母だった?(2020.8.2)」に書いたように、私は、この世で会えなかった父方の祖父と母方の祖父母に、夢の中で会うことができたと思っています。父方の祖父は昭和5年に失明したとのことですが、夢で会った祖父らしい人は、庭いじりをしながら(花を植えていたように見えた)私に微笑みかけました。
さぼてんの花咲きにけりさぐり見て笑まし給ひぬ盲ひたる父は
大いなる花なり色は何ぞとて手触れつつ父は問はせ給ふも
目ひらきていたく喜びしてふ夢見きと父は言ふなり盲ひし父は
日ねもすを炬燵によりて動かざる父は去年より盲ひたるなり
探り見る父の姿の悲しさに花は咲けれど言はでやみけり
2021-09-24 18:26
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