父の歌集より 13 [父の歌集]
前回に続いて昭和11年に詠まれた歌を載せます。
独身時代の私の母は、教師だった兄の任地である鎌手(島根県の西部)に行き、そこにしばらく滞在したとのこと。共稼ぎだった兄(夫婦共に教師)の家で、幼児の面倒をみたようです。父は婚約者(私の母)が滞在する鎌手を訪ね、数首の歌を詠んでいます。
鎌手にゆく
しばらくをさかり住むべき吾妹子と思つつ吾はいきどほろしき
はるばると夜訪れて行きしかば驚きて出でぬいとしき吾妹
早苗田に朝てる日ざし明ければしきり鳴きゐる遠行行子
行行子(ギョウギョウシ)・・・・・オオヨシきりの別名
日は未だこの山かげをてらさざり紫の藤は咲きひそまりぬ
柿若葉光ゆらぎてゐたりけり積乱雲はややに動きつ
よしきりのしきりにさわぎゐたりけり雨雲ひくくひそまる湖に
雨もよほすや水輪描きつ水馬のあまた走りをりがまの群立ち
水馬・・・・・・あめんぼ
曇る日の空をうつしてひそまれる湖底ゆのびし藻草動かず
窓近き柿の若葉に降る雨の思のほかに冷えたりにけり
雨雲のややに切れゆく夕明りならせる水田のうすら光りぬ
鎌手行
麦秋の丘の小家のひそけさや門近くほすふかのひれかも
虫とりつやもりは壁をはひゐたり宿直の夜の修善寺物語
修禅寺物語・・・・・・岡本綺堂作の 戯曲
宿直・・・・・・数十年前までの学校では、教師が交代で学校に泊まる宿直
当番制度がありました。
夜叉王が血にそむ面を手にとりて息つぎがてに見つむるところ
夜叉王が血にそむ面を手にとりて・・・・・・修禅寺物語の主人公である夜叉
王(面造り師)が、血に染まった面を持って眺める場面
日でり雲今日もうかびてゐたりけり青葉まぶしく目にしみて見ゆ
からつゆにかはき切りたる朝の道死にゐる蛇のうろこ光つ
梅雨はれて今朝の日ざしのうすうすと若竹の茎は光りたりけり
小春日の屋根にさす日の明るさや晩きとんぼの止りたる見ゆ
朝毎に来なく百舌の音いつしかに雀の声をまねびたるかも
2021-12-30 12:29
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