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父の歌集より 24  従軍中に詠まれた歌 9 [父の歌集]

出向先の民船隊から長沙に戻った父は、 昭和21年2月まで、湘陰の近くに設置された収容所で過ごしたとのこと。その前に武装解除されたとありますから、民家を収容所に当てるべく配慮したのは、中国の蒋介石軍だったのでしょう。

                                                   



    長沙に帰り、 月 下航して湘陰に至る ここにて武装解除

    後日湘陰東方台地に集合して点呼を受く、やがて東方の民家を

    収容所とせられ居住し、翌年二月に至る、師団はおほよそ湘陰

    を中心として集結し、岳州方面も亦一中心をなしゐたり

                                                   


    はからずも十九年十一月二日付、仝二十八日付の家郷よりの手

    紙二通受領す、一年前の手紙なり(時に十一月)されど、うれ

    しきことかぎりなく、打ち返し読みたり


        

白菊の花とり添えて送り来し妻のたよりのうれしかりけり


育ちゆく子らの姿もしのばれてうれしかりけり妻のたよりは


                                                   


戦後の混乱期でありながら、日本軍の収容施設に手紙が届いたとのこと。1年遅れで届いたことに、むしろ驚きを覚えます。日本が降伏してからの中国では、蒋介石の国民党軍と毛沢東の中国共産党軍の争いが激化しています。そんな状況にありながらも、中国側の協力があったのでしょうか。あるいは、中国への関与を強めていたアメリカが、旧日本軍に対する処遇にも関わっていたのでしょうか。中国からの復員兵士を帰還させるため、アメリカは上陸用舟艇LSTを提供しています。


                                          


11月2日付けと11月28日付けの手紙とありますから、母は月に1度か2度は手紙を書いていたようです。 

                                                   


戦地の兵士に送られた手紙には、親族や知人からだけでなく、学校が生徒に書かせた慰問文もあったようです。小説「造花の香り」(本ブログの左サイドバー参照)を書くために読んだ参考資料の中に、女学校で慰問文を書かせられた経験を記した文章がありました。そのような慰問文を父も読んだのかもしれませんが、手記に出てくるのは家族からの手紙だけです。もしかすると、女学生たちからの慰問文は、独身の兵士たちに渡されたのかもしれません。

                                                   


出向先からもとの隊にもどり、しばらく経った頃には、敗戦を知った直後の絶望的な感慨は消えていたようです。蒋介石軍から日本軍への対応方針が伝えられ、兵士たちの不安が和らいだのではないか。旧日本軍に対する中国の処遇と、異常なまでに過酷なソ連の処遇。その相違は何に由来するのか、ウクライナのことを含めて考えさせられます。

                                          


   十一月末不寝番中(文書類の所持を禁ぜられたれば記録等をちり
            紙に細書してかくし持ちゐたる時なれば)
                                          
妻のたより写す灯火の小暗きに冷雨しきりなり風も添ひ来ぬ
 
   十二月末正月の用意に餅をつきて
          (食糧事情急迫せる祖国の状況を聞きゐたれば)
 
ふるさとにいかなる年か迎ふらむ子等しのびつつ餅つく我は
 
食ふべきものもとぼしき国にゐて子等は如何なる年迎ふらむ
 
 
「食糧事情急迫せる祖国の状況を聞きゐたれば」と記されております。敗戦後の日本は深刻な食糧危機に陥り、都会だけでなく、田舎であっても非農家は食料調達に苦労しました。父の手記によれば、その状況が、中国奥地の日本軍収容所に伝わっていたことになります。
                                          
「文書類の所持を禁ぜられたれば記録等をちり紙に細書してかくし持ちゐたる時なれば」なる文章が、従軍中の歌と手記が記された状況を伝えています。敗戦前における歌や手記は、手帳に記されたメモに基づいたものであり、文書類の所持を禁じられた不寝番中の歌などは、ちり紙などのあり合わせの紙に記されたようです。

 


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