SSブログ

私が初めて歌を詠んだとき・・・・・・中学生時に歌を詠むことができた理由 [教育]

ブログで父の歌を紹介したことを契機に、「吾が詠みし歌」なるカテゴリーを設けて歌を詠んでおります。そんな私ですが、これまでは、歌とはほとんど関わらずに生きてきました。とはいえ、過去に数首ほど詠んだことがあります。これまでに詠んだ歌で記憶に残っているのは、60年前に書いた両親あての手紙に添えた歌(「父の歌集」2015.9.9)と、定年後に書いた小説「造花の香り」の中で、主人公に詠ませた2首の3首だけです。
                                                   
私が初めて歌を詠んだのは、中学2年生時の国語の授業を受けているときでした。先生に指示されて歌を詠むことになり、生徒はめいめいにノートに向かいました。どうしたわけか、私は苦もなく3首を詠むことができました。歌が詠めたら手を上げるよう求められ、私は3首の歌を読みあげたのですが、そのときの先生の表情を今でも憶えています。無言のままに私を見つめる先生の顔。
                                                   
その授業で歌を披露したのは私だけでした。歌を作れても披露しなかった者がいた可能性はありますが、いずれにしても、中学2年生時の私には、さほどに苦労することなく歌を詠むことができたことになります。
                                                   
ここまで書いたら、中学2年生の私に歌が詠めた理由らしいものに気づきました。中学生になった頃の私が、石川啄木の歌集を読んでいたことです。
                                                   
父の蔵書に現代日本文学全集(改造社)があり、その中の一冊に石川啄木の歌集がありました。歌にはほとんど興味を覚えなかったはずですが(というより、国語に興味をおぼえなかった)、その歌集の歌をかなり読みました。読んだ歌の幾つかをいまでも記憶しております。そのようにして短歌を知ることになった私には、稚拙な歌なら苦も無く詠むことができたのでしょう。
                                                   
ここまで書いたらさらに気づいたことがあります。歌に興味を覚えなかった私がどうして啄木の歌集を読もうとしたのか。もしかすると、好奇心にかられて啄木集を開いたのではなかろうか。私を理系の道に駆り立てたのは私自身の好奇心であろうが、啄木の歌集を開かせたのも、私の好奇心ではなかったろうか。そうだとすれば、私は好奇心に導かれて技術者になり、好奇心が遠因となってブログに歌を載せていることになりそうです。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。