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日記はいつも三日坊主でしたがブログはどうやら続きそうです [雑感]

  明けましておめでとうございます。
   このブログを始めてから七ヶ月、訪問してくださる方はまだ少ないのですが、読んで頂けることを励みに書いてゆこうと思います。どうか宜しくお願い致します。

  母は百歳を越えても日記をつけております。そんな母の息子である私は、若い頃に幾度も日記にチャレンジしておりながら、いつも典型的な三日坊主に終わりました。若かった頃の私には、日記を記す意義が理解できなかった、ということでしょう。三日坊主を幾度も繰り返したことが、日記を書こうとする気持ちのブレーキとなり、チャレンジしようと思わなくなったような気がします。そのような私でありながら、ブログは七ヶ月も書いてきて、これから先も続けてゆけそうに思います。書きたいことがあり、それを読んでもらいたいと願っているからです。ブログを書いている多くのひとたちも、今の私と同じような気持ちに押され、それが役立つようにと願いつつ、パソコンやスマホに向かっていることでしょう。

   昨年の12月4日に投稿した記事「合唱団で歌ったハレルヤコーラス」の中に、「ささいなことを記憶しておりながら、それより重要と思われることを思い出せないのだから、記憶とはほんとうに不思議なものです。これを書きながら思いました。日記をつけていたなら、それを読み返すことで詳細な記憶が蘇るだろうに」なる文章を記しましたが、記憶を誘い出すためであれば、簡単なメモであっても役に立ちそうです。というわけで、かなり以前から、ひと月単位のカレンダーの欄外に、主な出来事を記しています。
  日記が自分にいい聞かせるための内省的な所為であるのに対して、ブログは思うところを他に伝える手段として記すものでしょう。文章を綴る際には思索が伴いますから、ブログにも日記に通ずるところがあるわけですが、日記とブログは目的とするところがちがいます。
  私が書いた小説「造花の香り」(注)には、日記を記す場面がしばしば出てきます。以下に引用するのは、学業を半ばにして出征することになった主人公が、思索を深めるために日記をつけようと考え、机に向かって書き始める場面です。

小説「造花の香り」より引用
  …………良太は日記をつけようと思った。俺には出征に備えた心構えがまったくできていない。日記をつけることを通して、多少なりとも思索を深めることができるのではないか。
  下宿の部屋に帰りつくなり、良太は机代りの板の上にノートをおいた。十月からの二年次で使う予定のノートが、東京でくらすようになって以来はじめての日記帳になった。
〈昭和十八年九月二十二日
  理工系を除く学生に対する徴兵猶予の停止措置が発表される。…………
  眼の前に軍人への道が開けたことに、不安とともに安堵感に似た気持を覚える。出征している幼なじみ達に対する負い目をもはや抱かずにすむ。
  …………出征時期は不明なれども遠くないはず。残された時間を千鶴と如何に向き合い如何に過ごすか。悠長に構えてはいられない。出征までの残された時間を寸刻たりとも無駄にしてはならない。出征への準備をこの日記をもって開始する。〉 (引用終わり))

   小説「造花の香り」においては、主要な人物ふたりの日記が重要な役割を担っています。主人公たちの内面を描くために日記を利用したのですが、日記のもつ性格が小説を書くうえでとても役に立ちました。

  日記とブログのことを簡単に記すつもりでしたが、意外に長い文章になっただけでなく、久しぶりに小説のことを書く結果になりました。


(注) 造花の香り  
 特攻隊員を主人公とする小説であり、電子書店の forkn と DLmarket にて公開している。今月中にはアマゾンの電子書籍(キンドル本)にする予定。

   小説の前半は、東京の大学で学ぶ主人公が恋と友情に恵まれ、戦時ながらも充実した学生生活を送る様子を描く。後半では、徴兵された主人公の海軍航空隊での生活と、訓練の合間になされる婚約者との交流、および、特攻隊要員に選ばれてから出撃するに至るまでが描かれ、さらに、戦後における後日談が添えられている 。




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