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肺結核がガンよりも恐ろしかった時代 [身体と健康]

私の少年時代には、肺結核が亡国病として恐れられていたのだが、今ではガンが最も忌避すべき病気になっている。医療技術の進歩と食生活の改善などが、数十年前には考えられなかったような長寿社会をもたらし、肺結核に代わってガンがクローズアップされる時代になった。肺結核が亡国病であった時代には、その患者の多くは青少年であったが、ガン患者の多くは壮年以上の年代である。


かく言う私自身も、小学生時代に結核に感染し、戦後に開設された保健所で幾度もX線検査を受けた。結核が最も恐ろしい病気であった時代だが、私自身は深刻な気持ちになることはなかった。私に楽天的なところがあるからであろうが、両親の不安は大きかったに違いない。そんな私ではあったが、モーツアルトが35歳まで生きたことを知ったとき、そこまでは生きたいと思ったことがある。明確には意識していなかったけれども、自分は長生きできないかも知れないと、心の奥で思っていたのかも知れない。特攻隊に関わる小説「造花の香り」を書いているとき、そのことが思い出されて、次のような文章を書くことになった。特攻隊員として待機中の主人公が、仲間の隊員と入浴に向かう場面である。


小説「造花の香り 第六章 若葉の季節」より引用

 ・・・・・・吉田と並んで歩きだすと、校舎の中からオルガンの音が聞こえた。音楽に素養のある隊員が弾いているのか、聴きなれた文部省唱歌の旋律が、少しも滞ることなく流れた。
「ところで森山、貴様は自分の寿命について考えたことがあるか」と吉田が言った。
「考えたことはないな、そんなことは」
「俺はモーツァルトが三十五歳で死んだことを知って、せめてそこまでは生きたいと思ったよ。その頃の俺は、二十歳までには死ぬと思っていたからな。中学に入ったばかりの頃だった」
「何かあったのか」
「肺浸潤になったんだ。残りの人生が数年しか残っていないような気がして、三十五まで生きたモーツァルトを羨ましく思った。三十五年も生きたなら、自分なりに何かをやれるだろうに、このまま死ぬのは悔しいという気持ちになったんだ。まだ十二だったからな」
「悔しいよな、たしかに。俺たちは日本のためどころか、人類全体のために役立つことができるかも知れない。そんな気持にもなるじゃないか。今の俺たちは死んで役に立つことしかできないが、この特攻がほんとに役に立ってほしいもんだよな」
「俺たちは実を結ぶどころか、花も咲かせずに散るんだ。俺たちの特攻が何の役にも立たないなんてこと、そんなことがあってたまるか」
「そう言えば、小林が歌を作ったことがあったな。嵐に散る花の歌。おぼえているか、あの歌。特攻が有意義なものであってほしいという、そんな願いをこめた歌だった」
「おぼえているよ、正確じゃないかも知れないけど」と吉田が言った。「小林は国文だったそうだが、俺たちよりも先に逝ってしまったな」
 もの静かに本を読んでいた小林の姿が思い出された。小林が仲間に歌を披露したのは、特攻要員に指名されて間もない頃だった。
「小林はあのとき、辞世の歌を作るようにと勧めるつもりだったのかな、俺たちに」と良太は言った。「貴様は作ったのか、辞世の歌」
「歌には自信がないが、それらしい歌をどうにか作ったよ。手紙に書いて送ったんだ」
「俺もな、手紙やノートに歌を書くことがあるんだ。辞世の歌というわけじゃないけど」と良太は言った。
 良太は入浴からもどると、忠之にあてたノートを開いて、先に書きつけた言葉のあとに歌を記した。
    時じくの嵐に若葉散り敷くも桜な枯れそ大和島根に
 いかに多くの特攻隊を出撃させたところで、この日本は敗北に至るはず。その結果がどのようなものであろうと、いつかは立ち直ってもらわねばならない。戦争に負けても国が滅ぶようなことになってはならぬ。この国は俺たちの死を無駄にしてはならない。俺たち特攻隊員のこの願いが天に通じないはずがない。・・・・・・           (引用おわり)


抗生剤で治療可能となって数十年が経った今では、結核という病気に関心をもつ人は少ないようだが、今もなお重要な感染症であり続けている。先進国ではさほどに問題にされなくなった結核だが、先進国であるはずの日本は結核の中蔓延国とされており、今でもときおり集団感染が発生している。


結核菌はじつにしぶとく、若い頃には感染しても発病しなかった場合、高齢になって免疫力が低下すると、体内にひそんでいた細菌が活動し始める可能性があるという。急激に高齢化社会となり、高齢者の患者が増えたことも、日本がいまだに結核の中蔓延国である理由のひとつらしい。抗生剤によって治療可能となった結核だが、多剤耐性肺結核により、治療できない例も多くなっているという。難治性結核の蔓延により、結核がふたたび亡国病にならないように、厚生労働省が推進している対策に期待したいところである。


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