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朝日新聞の記事に想う・・・基地すべて押しつけおかばおのが身は安泰なるか日本(やまと)の国は(中村文子) [政治および社会]

本日(5月7日)の朝日新聞朝刊に、「安泰なるか日本(やまと)の国は」なる記事が掲載されている(筆者は福島申二編集委員)。文中にタイトルに記した歌が出てくるその記事は、次のように書き始められている。


  4年前に99歳で他界した中村文子さんは沖縄県の元教師で、戦後は地元の平和運動を担い続けた人でもあった。ひめゆり学徒隊と同じ世代の子らを小学校で教え、太平洋戦争中は神奈川県に出向して国民学校に勤めていた。
    あるとき、近所の奥さんと食料の足しに海辺へ貝をとりに行った。その人はどこで仕込んだのかサイパン島の戦いのことを詳しく話し、中村さんが沖縄出身とは知らず何げなく言った。「(住民の犠牲は)ほとんど沖縄の人だったんですって。内地の人が少なかったのは、せめてもの救いだったんですって」。サイパンには沖縄からの移住者が多かった。
  相づちを打てるはずもなかった。「口をきけば涙がこぼれそうになるから黙っていたのよ」と、初めてお会いしたときに苦く振り返るように語っていた。
  20年近く前の取材の記憶が、きのうのことのようによみがえったのは、安倍内閣の復興相の言葉ゆえである。
  「これは、まだ東北で、あっちの方だったからよかった」。東日本大震災で傷ついた地と向き合い、人々の痛みに寄り添うべき大臣として、事実上の更迭すなわちクビは当然だろう。性根が透けたような言葉に私もいきどおりを覚え、腹立ちが呼び水となって、中村さんが語っていた「くやしさ」を思い出した。
    しかし、そのあと胸に浮かんできたのは、門外の徒ながら聖書の一節だった。


新約聖書ヨハネ伝のよく知られている一節「汝らのうち罪なき者、まず石をなげうて」についての記述があり、さらに続いて、埋め立て工事が開始された沖縄の辺野古に関する文章が綴られている。辺野古をめぐっては、本土なら起こりえないことが相次いで起きているとして、沖縄県知事翁長氏の「国防のためだったら十和田湖や松島湾、琵琶湖を埋め立てるのか」なる言葉が紹介され、その言葉には、中村さんが唇をかんだ「くやしさ」と地続きの怒りが透けているとしている。安倍政権の強権ぶりが際だっているにしろ、その高圧姿勢を支えているのは、結局のところは自民党に多数の議席を与え、安倍内閣を支持している国民である。沖縄に犠牲を強いるつもりはなくても、「沖縄をあっちの方」と見る意識を持つ「本土の人」に、復興相の罪を責めて石を投げる資格があるのだろうか、と筆者は問いかけている。


中村文子さんは熱心な歌詠みでもあったという。詠まれた歌の中から次の一首が紹介されている。
    基地すべて押しつけおかばおのが身は安泰なるか日本(やまと)の国は(中村文子)



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