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トラックで選挙活動をしていた自民党の政治家 [政治および社会]

ある日のこと、村の中では最も人家が多い地区に行き、友人と遊んでいると、大きなトラックがやってきて集落の中央部で停まった。トラックが停まるとすぐに、荷台から降りた男がミカン箱のような木の箱を持ち出して道ばたに置いた。側にいた白いたすきを掛けた男が木の箱に立つなり、マイクを持って声をはりあげた。「この度の選挙に立候補しました桜内義雄です。桜内義雄を宜しくお願いします。桜内義雄です。桜内義雄を宜しくお願いします。桜内義雄、桜内義雄です」


集まった聴衆は20人もいたであろうか。トラックが通れるとはいえ道幅が狭いので、誰もが桜内氏から数メートルのところに並んでいた。まだ若かった桜内氏は、集まった人を見回すことなく、正面に眼を据えながら、ひたすらに名前を連呼していた。おそらくは、政策らしい言葉も口にしたのであろうが、興味がなかった私には記憶がない。記憶に残っているのは、名前を連呼する桜内氏の姿とその表情である。そのとき私が興味をおぼえたのは、幾本もの真空管が並んでいるアンプであった。私がアンプの側に寄り、もの珍しそうに眺めていても、危ないから触るなと注意されることはなかった。


アンプなるものを眼にしたのはそれが初めてだった。間近で興味深く眺めたので、カバーのないむき出しのアンプの形状や、並んでいる真空管の形を今も記憶している。そのことがあってから間もなく、ラジオ技術の独学をするようになった私は、桜内氏の車で見た真空管がGT管と呼ばれるものだったことを知った。そのアンプの電源はバッテリーだったはずだが、桜内氏の声はおそらく数百メートル先まで届いたであろう。


今の選挙ではワゴン車やバス型の車が使われるようだが、桜内氏の車はトラックであり、幾人かの支援者が乗っていたのは荷台だったと記憶している。その当時の選挙で他の候補者がどんな車を使っていたのかわからないが、戦後間もない頃で車の種類が少なかったから、トラックが多用されたのかも知れない。


桜内氏は当選し、それから長きにわたって政治に関わっている。後年に、新聞で高齢の桜内氏の写真を見たり、テレビの画面でも見ることがあったが、写真やテレビに映る姿には、数十年前の面影が明らかに残っていた。桜内氏に関わる新聞記事を眼にするたびに、名前を連呼していた昔の姿が思い出されたものである。


ネットで調べてみたところ、桜内氏が立候補したその選挙は、昭和25年の参議院議員選挙であり、私は中学校の一年生だったことになる。きょうのタイトルは「トラックで選挙活動をした自民党の政治家」だが、保守合同によって自民党が誕生したのは昭和30年であり、私が桜内氏を眼にした当時の所属政党は、国民民主党なる政党だったようである。


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