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新幹線車内での隣席者との会話 [小説]

帯状疱疹で入院した病室には高齢の同室者がいました。入室した際に挨拶すると、気持ちのよい言葉が返ってきました。それ以降ときおり言葉を交わしたのですが、人柄の良さが伝わってくる会話になりました。元は獣医だったというそのひとは、私の故郷が出雲だと知ると、島根県での思い出を語りました。仕事でしばしば島根を訪れ、東西に長い島根県のほぼ全域で仕事に関わったこと。島根県西部の広島との県境を訪れたこと、東部の中国山地でのこと。       


同室したのは3日ほどで、それから1日ほどはひとりで過ごしたのですが、相部屋の病室も悪くはない、と思います。むろん相手にもよりますし、最初に言葉を交わしたときの、相互間の印象にもよるのでしょう。


数十年も以前にこんな記事を読んだことがあります。朝日新聞の天声人語だったような気がしますが、その点については記憶が定かではありません。
<ある大学の心理学教室が「新幹線の東京駅で隣席同士になった乗客が、大阪に着くまでに会話を交わすとすればどんな場合か」を調べた。その結果、乗り合わせてから1分以内にどちらかの側が話しかけたなら、そのあと大阪に着くまでの間に、隣客同士で会話を交わすことがある、ということがわかった>

隣席に乗り合わせた者同士が会話を交わすことは、たしかに珍しそうに思います。私は学生時代を仙台で過ごし、就職してからは東京や名古屋などで暮らしてきたので、故郷との行き帰りに長距離の列車を利用してきたのですが、隣の客と話し合ったことは数えるほどしか経験がありません。上記の記事を読んだとき、たしかにそのとおりだと納得したものです。同じような感想を抱くひとも多そうな気がします。


上記の記事を読んだときにはむろん想像すらできなかったのですが、後になってそのことを小説の中に書くことになりました。小説「防風林の松」(本ブログの左サイドバー参照)の中に次のような文章があります。主人公が友人の妹と演奏会に行き、その帰りに喫茶店で語り合う場面です。


小説「防風林の松 第二章 その妹」より引用
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「僕のことはもういいよ。それよりも、絵里さんがボーイフレンドを見つけるための方法を考えようよ」
「教えてもらえるとうれしいですけど」絵里が再びにこやかな笑顔を見せて言った。「どうしたらいいんでしょう、早く見つけるためには」
  コーヒーカップを口にはこんだ絵里は、唇をかるく触れただけですぐにそれを離した。僕はそんな絵里を見ながら、絵里のために役に立ちそうな話をしてやろうと思った。
「だいぶ前に新聞か雑誌にでていた話なんだけどな、これは。東京駅で新幹線に乗ってから、隣り合った乗客同士がどんな会話をするのか調べたんだよ。大学の心理学研究室だったと思うけどな、それをやったのは」
  僕がいきなり話題を変えたので、絵里はとまどったような表情を見せた。
「調べてみたらわかったんだよ、どんな条件があれば乗客同士で話をするかってことが。それがどんな場合なのか想像できるかい」
「そうねえ……私が新幹線に乗ってる場合を想像して……」
  ・・・・・・・・・・
「そうね、ずっと並んでるのに、話なんてしないわね」
「隣り合ってる人のどちらかが、先に座席についているわけだよな。そこへ隣の人がくるわけだ。それでさ、一分以内にどっちかの人が隣へ声をかければいいんだよ。ちょっと声をかけるだけでいいらしいよ。そうするとだよ、それから後で互いに話をすることがあるんだってさ。隣り合ってから一分以上も話をしない場合には、大阪までお互いにひと言もしゃべらないそうだよ」
「そういうことだったの。そう言われてみれば、わかるような気がする、その話。おもしいことを研究するわね、大学の先生も」絵里は感心したように言った。
「案外とおもしろいよな、心理学の研究というのも。とにかく、そういうわけだからさ、男と女の間だって、出会ってから一週間なのか、あるいは半年なのかわからないけど、その間にきっかけを作ればいいと思うよ」
「あ……やっとわかったわ。どうしてそんなことを話してくださるのかと思ったら、そういうことなの」絵里は明るい笑顔を見せた。「その話をもっと早く聞いておけば、ボーイフレンドができてたかも知れないわね。でも良かったわ、いま聞かせてもらったから、今後の参考にさせてもらいます」 (引用おわり)



主人公にはすでに恋人がいるのですが、友人の妹の相談に乗るなどしているうちに、その妹をも愛してしまう結果となり、心の迷路に迷い込んでゆくことになります。


きょうは「新幹線車内での隣席者との会話」なるタイトルで、先日の記事「帯状疱疹なる奇妙な病気」に続く文章を書くつもりでした。結果的には自分が書いた小説の宣伝になりましたが、タイトルに即した内容にはなりましたから、ご容赦願いたいところです。


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