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技術立国日本を確たるものにするためには [雑感]

「技術立国日本」を誇ってきたはずのこの国だが、急速に力をつけてきた韓国や中国に追い上げられている。


2015-08-27 に投稿した記事「技術開発をチームで推進する場合の問題点……私の経験より」は、3年半ほど前に書いたものだが、その中に、「技術立国日本を確たるものとするうえで、意欲に燃える技術者が、経営者にまして大きな役割をはたすのではないか」なる文章がある。


「技術開発をチームで推進する場合の問題点……私の経験より」の前半は、私自身が関わった開発業務について書いたものだが、私が言いたかったことは、記事の後半に書かれている。その後半部分は次のような文章になっている。


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  ここまでは私の回顧談とも言える記事だが、きょうの記事で言いたいことは、開発業務を管理する者のあり方である。かつての私の上司は、当時の企業における一般的な姿だったかも知れないのだが、今の日本の企業においてはどうであろうか。まさかとは思うが、時代と状況が変わった今でも、部下のやる気に水をさす管理者がいるのかも知れない。
  私が会社から賞をもらうことになった業績は、通常業務の中で見つけた現象をヒントに、数回の試作を行うことで得られた。会社としての開発業務ではなく、通常業務の中でなされたために、その作業の全てを私がひとりで行った。補助金での開発も私がひとりで行っていたなら、どんな結果になっていたことだろう。その仕事の内容を考えれば、ひとりでの遂行が好ましかったと思えるのだが、同じようなことが、様々な企業においてもあり得るだろう。
  むろん仕事の内容にもよるわけだが、企業での開発業務の多くは開発チームとして進められる。開発の中心となる技術者がリーダーとなる場合はともかく、かつての私の開発チームのごとく、職場の上位者が管理者となる場合もあるだろう。そうであろうと、管理者が縁の下の支え役のごとき立場でリードするなら、技術者たちの思考を妨げることなく、その開発作業を順調に進めることができると思う。
  勝れた発明や業績は、その目標に執念と情熱を抱く人によってなされるもので、研究開発費などはむしろ副次的な要因だと思う。青色LEDでノーベル賞を得た中村修二氏も、ノーベル化学賞を得た田中耕一氏も、企業内での仕事で賞を得ている。幸運に恵まれた要素があったにしても、執念をもやして目標に取り組んだ結果にちがいない。
  技術立国日本を確たるものとするうえで、意欲に燃える技術者が、経営者にまして大きな役割をはたすのではないか。田中氏や中村氏のような技術者が、存分に夢を追い、それを実現できる環境が、多くの企業において実現すればと思う。その環境に影響を及ぼすのは、企業のあり方にもまして、開発グループの管理者のあり方ではなかろうか。限られた経験にもとづく独善的な考え方かも知れないのだが、私にはそのように思える。(引用おわり)


上司からは快く思われない中で、私は撮像管の改良に取り組んでいたのだが、それは今から50年以上も昔のことである。数十年もの歳月を経た今では、開発のあり方は変わっていると思われるが、パワハラに関わる新聞記事が散見されるところを見ると、旧態依然とした開発現場もありそうな気がする。「技術立国日本を確たるものとするうえで、意欲に燃える技術者が、経営者にまして大きな役割をはたす可能性がある」ことを、世の経営者に意識してほしいものである。

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