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「日本人はまだ12歳の少年である」なるマッカーサー元帥の言葉 [政治および社会]

戦後の日本を統治したGHQ(敗戦後の日本を占領統治するために置かれた組織「連合国軍最高司令官総司令部」の略称。昭和27年4月、日本の主権回復に伴い解散された)の最高司令官だったマッカーサーが遺した有名な言葉に、「日本人はまだ12歳の少年である」がある。


戦後日本の統治者だったマッカーサー元帥に対して、日本人は感謝と親しみを抱いていたようである。「戦争に負けたなら、アメリカ占領軍によって日本人は苦難にさらされる」と思わされていたのに、占領軍は思いの外に善政を行った。戦前の全体主義国家から民主主義国家に変わったのは、マッカーサー個人の業績とはいえないものの、結果的にはマッカーサー人気を高めたと思われる。思想と言論の自由を奪われ、抑圧されつつ生きた国民の眼には、戦後の民主主義社会とマッカーサーが結びついて見えたのかも知れない。


そのマッカーサーがトルーマン大統領によって解任されて帰国する際には、その車列が通る沿道に20万人もの日本人が並んで、感謝の念をもって見送ったという。その情景が撮された写真は、いまでもネットで見ることができる。


マッカーサーが解任された昭和26年4月は、私が中学校の2年生になったときである。日本を去るマッカーサー一家の様子を、私はラジオの実況放送で聞いたと記憶しているのだが、あるいは録音放送だったのかも知れない(その当時に録音放送があったかどうか、まだ調べていない)。マッカーサー一家が飛行機に搭乗する前の様子が放送されていたのだが、長男であるアーサーの姿を伝えるアナウンサーの声が印象に残っている(アナウンサーはアーサー君と呼んでいたと記憶している)。


アメリカに帰ったマッカーサーは、アメリカの議会で演説や証言をしているのだが、その中で、「日本はまだ12歳の少年である」という言葉を口にした。その前後の言葉を思えば、日本を侮辱する意図はないと思われるのだが、その言葉が日本に伝えられると、その言葉自体がひとり歩きして、マッカーサー人気は急降下したという。マスコミがまともに機能していたならば、そのような結果にはならなかったろうに、と残念に思える。マッカーサーに対して格別の尊敬の念も感謝の念もない私だが、歴史に関わる記録に偽りがあってはならないと思うからである。この国の現実はといえば、公文書すら改竄し、憲法を蔑ろにし、国会を軽視し、公私混同の政治を行う政権が、政権の座から追放されることなく、依然として支持されている。この国の将来が思いやられる。


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