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特攻隊員の戦死は無駄死にではない [雑感]

1月22日に投稿した「映画「西部戦線異常なし」を観て特攻隊を思う」に関連する記事です。

                                                   


映画「西部戦線異常なし」には、「休戦協定が発効するまでに、少しでも有利な状況を作り出しておきたい」として、ドイツ軍の司令官に命じられるままに、休戦を目前にしながら、多くの兵士が無駄に戦死させられる場面がある。その場面が、元特攻隊員角田和雄氏による著作「修羅の翼」を思い出させた。「修羅の翼」に、「日本が戦争に勝てる見込みはない。講和の条件を少しでも良くするために、そして天皇に講話の決断を促すべく、特攻隊を出撃させる」という軍の幹部の言葉が記されている(元特攻隊員による戦記「修羅の翼  零戦特攻隊員の心情」を読んで(2020.11.27)」)。角田和雄氏がその話を聞かされたのは、1944年11月のフィリピンの航空隊基地であり、最初の特攻隊が出撃させられてから間もない頃だった。その話が事実であれば、特攻隊員たちは、休戦協定が発効する直前に戦死させられた映画におけるドイツ兵たちと同じ立場におかれたことになろう。

                                                   


数多の特攻隊が出撃させられたけれども、戦勢の挽回には全く効果がないまま、1945年8月までに数千人の特攻隊員が戦死するに至った。特攻機の多くが目的を達成することなく、途中で撃墜されたという。軍は「一億総特攻」「本土決戦」を呼号するよりはるか以前に、敗戦は必至であるとわかっていたはず。それでも出撃させられた特攻隊員に対して、その戦死は犬死にだったとする人もいるようである。

                                                   


結果的には多くの命を失わせるだけに終わった特攻隊だが、私は「特攻隊員は犬死したわけではない」と思いたい。無謀かつ非人道的な戦術ではあったが、日本人の愛国心の強さを世界に知らしめる結果となり、そのことが、日本に対する戦後措置に影響した可能性がある、と思うからである。私がそのように思ったのは、小説「造花の香り」(本ブログのサイドバーにて概要を紹介)の後半で、特攻隊への志願(この小説の主人公は志願を求められるのだが、半強制的に志願させられた例が多かったようである)を求められた主人公が、思い悩んだ末に志願する場面を書いているときだった。

                                                   


小説「造花の香り」より引用


・・・・・・敗北は必定と思いながらも、救国の念にかられて志願する者もいるような気がする。そのような殉国行為を無駄なものと言えるだろうか。そうであっては断じてならぬ。特攻隊員の戦死を無駄にしてたまるか。特攻出撃が無意味なものであろうはずがない。このまま敗けてしまうわけにはいかない。たとえ敗けるにしても、日本と日本人を残さねばならない。

 戦争に負けても日本を残すこと。そのためには、敵国に日本人の愛国心の強さを見せつけなければならない。その役割をはたすものこそ特攻隊ではないか。多くの特攻隊が出撃することによって示せるではないか、日本人は祖国を限りなく愛しているゆえに、国家の危急存亡に臨めば自らの命を捧げ、自分たちの祖国を護りきろうとするのだ、と。

・・・・・・敗戦国としての日本を思えば、特攻隊の出撃には大きな意義がありそうだ。多くの特攻隊が出撃していたならば、戦後の処理にあたる戦勝国とて、日本人の愛国心を無視することはできないだろう。そうであるなら、我々のはたすべき役割は特攻出撃にあるのではないか。特攻機を操縦できるのは、おれたち操縦員しかいないのだ。このことに気がついたからには、おれは特攻隊に志願すべきではないか。隊の仲間たち全てにそれは言えることだが、仲間たちはどのように考えているのだろうか。(引用おわり)

                                                   


そのように考えて特攻隊に志願した主人公は、自分の死を婚約者や家族に受け入れてもらうべく、出撃の直前まで努力することになる。特攻隊員に関わる小説ゆえに、志願から出撃に至るまでの心境を書くことになったが、作者である私が想像できるところまでしか書くことはできない。そのために、小説のあとがきに次のような文章を加えた。

                                                   


 この小説の人物たちに特定のモデルはないが、多くの書簡や日記を遺した学徒出身の特攻隊員たちが、良太のモデルであると言えなくはない。彼らの日記や書簡をまとめた遺稿集を読み、その心情を推しはかりつつこれを書いたからである。とはいえ、書き遺されたものをいかに読んでも、心情の一端が垣間見えるところまでしか近づくことはできない。良太の胸中に特攻隊員の心情を移入すべく努めたのだが、それをどこまで成し得たのか心もとなく思える。特攻隊員たちの御霊からお叱りを受けるところも多かろうが、哀悼と畏敬の念を抱きつつ書いたことをもって、ご容赦賜りたいと願っている。

                                                   


たとえその戦死が無駄なものではなかったとしても、特攻隊は狂気にかられた戦術であったと言うべきである。最初の特攻隊が出撃させられた昭和19年の10月頃、軍の幹部は日本の敗戦を必至と判断していたのだから、自分たちへの暗殺を恐れずに(「元特攻隊員による戦記「修羅の翼  零戦特攻隊員の心情」を読んで(2020.11.27)」参照)、勇を鼓して天皇に講和を進言すべきだった。政府や軍の幹部が真摯に実態を上奏したならば、昭和天皇は講和を指示されたのではなかろうか。

                                                   


きょうのタイトルを「特攻隊員の戦死は無駄死にではない」としたのだが、そうであってほしいという私の気持ちを表したものであり、特攻隊がアメリカによる戦後措置に影響したのかどうか、私にはわからない。きょうの記事を書いていると、小説「造花の香り」を書いたときの気持ちが思い出された。




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