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戦争の時代を生きた青年たちの声が聞こえる。「幸せな人生を生きたければ政治を見張れ」 [政治および社会]

今日の朝日新聞に掲載された記事「上からの弾圧より怖いのは」を読んで、少しでも多くの人にこの記事を知ってもらいたくなった。その記事を読んだ人の多くは考えさせられるはず、日本の政治と社会の現状について、そして、これから先のこの国について。というわけで、その一部を抜粋しつつ記事を紹介させて頂こうと思う。


上田市には「檻の俳句館」なる建物があり、その隣には、昨年の2月に序幕された「俳句弾圧不忘の碑」があるという。上記の記事は、そこを訪れた朝日新聞編集委員の福島申二氏によるものである。福島氏が特に書きたかったのは、安倍政治の問題点をつく後半の文章であろう。


・・・・・・俳句弾圧とは、時局にそむく作品をつくったとして、1940年代に治安維持法違反容疑で俳人が相次いで捕らえられた事件をいう。「俳句弾圧不忘の碑」の説明文によれば少なくとも44人が検挙された。
 碑には弾圧を受けたうち17人の句が刻まれている。・・・・・・渡辺白泉の名は知らなくても、この句は知っているという人は多いのではないか。〈戦争が廊下の奥に立っていた〉
 ・・・・・・もうひとつ、応召して水兵になった横須賀海兵団時代の句も忘れがたい。〈夏の海水兵ひとり紛失す〉
 海に落ちるかして水兵が行方不明になったのだろう。それを「紛失」と表すことで、人がモノのように扱われる非情さを万の言葉にも増して暗示する。
 去年の秋以降は、国会の審議にこの1句を思い出すことが多かった。
 外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法の改正は、粗雑と拙速をきわめる審議に終始した。新たな法には、自分がそうしろと言われたら耐えられないようなことを、他人(外国人)には求める冷ややかさが垣間見えている。
 ・・・・・・国会審議の過程で、凍死、溺死、自殺などで3年間に69人もの実習生が死亡していることがわかった。だが、そのことへの見解を問われた首相は「私は答えようがない」と突き放した。白泉の詠んだ「水兵ひとり紛失す」の非情さが重なるのは、このあたりの政官の姿勢だ。


「檻の俳句館」の館主はフランス出身の俳人マブソン青眼氏で、金子兜太を師と仰ぎ、「俳句弾圧不忘の碑」の建立に尽力したという。その青眼氏は言う。「上からの弾圧だけではない。下からの弾圧がこわい。まわりの眼が気になって、怖くなって、自分の自由を自分であきらめる。自分で自分の檻を作っている」
 
「上からの弾圧より怖いのは」なる長い記事は、次のような文章で締めくくられている。


 大げさな話ではない。職場や地域など日常の中での「空気」の圧力は誰にも経験のあることだろう。政治色を嗅ぎ取られる意見や表現は、近年とみに息苦しさが増している。メディアもまた自己規制という「檻」を内部に抱えている。
 碑も館も、ささやかな存在だ。しかし訪ねてみると、それらの句が過去のものではなく、今という時代と深く切り結んでいるということに気づかされる。油断してはならない、という声を遠くから聞く。


今書き終えた最後の言葉が、私が書いた小説「造花の香り」(本ブログの左側サイドバーにて概要を紹介)を思い出させた。その小説には、表紙の下部にこのような言葉が記されている。「戦争の時代を生きた青年たちの声が聞こえる。『幸せな人生を生きたければ政治を見張れ。我らが如き悲劇を繰り返すな』」


戦前の日本の空気を、それも戦時中の空気を吸っている私は、福島記者が記した「碑も館も、ささやかな存在だ。しかし訪ねてみると、それらの句が過去のものではなく、今という時代と深く切り結んでいるということに気づかされる。油断してはならない、という声を遠くから聞く」という文章に共感をおぼえる。ここまで書いたところで、当初に決めていたタイトルを、表記のような言葉に替えることにした。

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